ディスコグラフィー
SSF09で「Jukebox」という本を出しました。大好きな曲をテーマに書いた短編小説をまとめた、いわば1人合同というやつです。ここで書いた話の小噺的なものを、ちろりと吐露していこうと思います。気になる方は本を片手に、読んでくださいね。
そしてこの本、大好きな曲と書きましたが、全てYUIさんの楽曲でやらせてもろてます。はい、私の青春の全てですので。曲を知って欲しくて書いてるようなものなので何卒よろしくおねがいします。
かんぱちの#Jukebox楽曲 - Apple Music
リンク多いけど詐欺じゃないです、信じて。
狐の嫁入り(umbrella)
「ちゃぷちゃぷ」という響きが好き。それなら、ということで書き始めた三峰と摩美々の話なんですが、この言葉は一言も出てきません。いい加減にせえ。しかし、まぁ「今夜も帰りが遅いね」と思いながら、律儀に駅前で傘を持って待つ姿は彼女しかないなと思っていました。私は傘の中にいる時、世界に1人きりになったみたいで好きだな〜と思う瞬間があります。だから、2人も互いの世界と互いの世界をしっかりと区切りつつ、たまに傘がぶつかって座標が重なるようなそんな距離感でいて欲しいなと思いました。それって割と、大人な恋だと思いませんか?同棲まで踏み込んだのは、そこまでイケる気がしたからです。
水平線と同じで(escar)
「ごめん、恋してる」を言わずに、「ごめん、恋してる」を書きたいと思いました。このフレーズは2番のサビ前に入るものです、1番だと「たぶん、恋してる」になります。個人的にピカイチな歌詞だと思っているので、これを表現したいと思いました。雛菜は円香が好きだけど、円香はきっと雛菜のことが1番じゃない、そう思ってじゃれる彼女に円香はただ溜め息をつきます。円香はいつもエスカーで雛菜の後ろに立つんだよ、それって愛じゃない?そんな小さな愛を詰め込んでみましたが、雛菜は最後まで「ずるい」と思うだけで。2人の関係はまるで蜃気楼のようにぼやけたままなのです。
ロイヤルミルクティー(cinnamon)
ありがとう、メロい和泉愛依と黛冬優子が俺は大好き。ストーリーとしてはシンプルですが、書きたいものを書いた感じはしてます。「明日もし晴れたなら 迎えに行くよ」という歌詞の可愛らしさを愛依ちゃんが満たしてくれるの、嬉しい(著者は私)あとメイクしながらスピーカーフォンで話す女の子って良くないですか?アイロン終わるまでずーっと繋いでてほしい。あと「彼女のそれは、花束を抱えてくる、というよりは可愛らしい一輪の花を毎日差し出してくれるような、そんな愛情だとつくづく思っている」という一文は愛依とあさひ、それぞれへの感情だろうと思っています。
第1章の終わりに(Thank you myteens)
私の青春の1ページの楽曲を書くなら、必ず甘奈と甜花にしたいと思っていました。「大人にはなりたくないと思ってた だけど感謝してる」の感謝の先が10代の自分という、YUIの中でも自分語り系の短い楽曲なわけですが、人生を共にしてきた双子にとってはその先に間違いなくもう1人がいるだろうと思っていて。彼女たちが変わらずに手を繋いでいる姿を書きたいと思いました。あとシンプルに甘奈には自分宛の手紙を書いていて欲しかった。白線を踏みながら歩くやつ、大人になっても、やってもいいんだよ。
嘘をひとつまみ(my friend)
私が1番好きな曲です。「バスを待つ長い影 恋人みたいに並んでた なんとなくずっと」って歌詞、可愛くないですか?曲名は私の友達なのに!!!果穂はずっとちょこ先輩が好きだけど、好きだとは言えないまま大人になって、いまだに先輩の香りに振り回されてドキドキしてる。可愛い2人には少し切ないかもしれませんが、それでもこの2人だからこそできるドギマギだなとも思っていました。偶然のフリって、計算されてるのが可愛いんですよ。
セールセイルサマー(summer song)
浅倉、いっぺん怒られてくれんかな、主人公すぎるから、と思いながら書いていました。とにかく「花火の音にかき消されてる 君のコトバが夜風と変わる」を表現したくて、真乃のあのセリフにつながりました。真乃から見た透って、多分眩しいんですよね。透も同じくらい、真乃のことを眩しがってるけど、こっちは一切目を逸らすつもりがない。そんな圧倒的覚悟は、透が円香と無言のやり取りをしたところに詰まってます。決戦の日だったわけです、これ。謎のチケット渡すところは是非PVを見てください、ただの小ネタです。
Meteor(It's all right)
こんな明るい曲調なのに、なんでこんな湿ってるんだ、とこの曲を聞いた時に思っていたので、今回の話もそんな感じにしました。美琴の矢印とにちかの矢印が、向き合ってるのに向き合ってない。まるで流れ星みたいにすぐに消えちゃう不器用な愛しさの表現を、にちかにはちゃんと拾って欲しいなぁと思っています。勿論、美琴にもです。だからとにかく沢山の矢印を詰め込んで、見逃すばっかじゃ叶わない感じにしちゃいました。ごめんよ。
ボーダーライン(parade)
「秘密のまま付き合うの?愛し合っているのに」からこの曲は始まります。こんなん千雪に言わせたら死ぬのでやめましたけど、でもこの後に続く「昼間の渋谷で会って、手を繋いで歩いてもいいじゃない?」はさすがに、入れちゃいました。はづきと千雪のこの、絶妙な関係が大好きなんですけど、結局いつもはづきが一枚上手にしちゃうのはこの境界を超えるのが上手すぎるからなんですよね。曲の歌詞よりはかなりハッピーな感じに仕上げてしまいましたが、アイドル桑山千雪としては意外とこの歌詞くらいでもいいのかも。はづきがゴールドの細いネックレスをしてたら嬉しいな、はただの好みです。
以上、好き勝手な雑記でした。
徒然なるままに
ふらっと、香川に行ってきました。

幼馴染み3人で、気づけば3年近く定期的に旅行してるわけですけど、ついに四国に降り立ってしまった。始まりは私が送りつけたふらきたなの、普通にウケるな。しかしまぁ、相変わらず楽しい人たちでした。
行きの空港で俺たちは装備を手に入れていた!ハハッ
昼過ぎに高松空港に着き、大してやることもなかったのでお土産を早々と買い漁り、あっという間にチェックイン。ダブルベットとロフトベッドって、めっちゃワクワクした。唐突にイコラブのPVをデカいテレビで見漁り、推しメンを見つけたところでうどん食おうぜ!!!となり、外出。なんか美味すぎて3人横並びのカウンターで、無言のまま10分程度で平らげてしまった。怖い。早すぎるだろう。
気づいたらなかった、この時点でナスが消えてる
そのままのスピード感のまま風呂に入り、「毛穴が開いてるうちにやるわよ!」と3人並んでパックして、それからひたすらベットの上でボドゲとYouTubeを行ったり来たりして、「カッコいい名字」の話題で盛り上がって疲れるという流れ。「佐々木」は45点、分かる?

そして23時就寝したことで、無事に全員6時半には起床して、謎の健康朝食ブュッフェを食べて出発。2日目はとにかく直島を回る、そう決めていたのだ…!
電動チャリで見る海は絶景だった
兎にも角にもありったけの美術を浴びてやろうぜ、と高速艇の中で円陣を組み、無事チャリ爆走スタート。ANDO MUSEUMからの新直島美術館からの家プロジェクトからの地中美術館、あ、浴びすぎ。汗だくと冷え冷えの美術館の交互浴で、初めてキマっちゃうかと思った。チャリで3人で走るのって中学の部活ぶりじゃない?帰りのフェリーで「なんかさー、うちら仲良すぎだね」と言ったら「だいすきだよ」って真正面から帰ってきて面食らった。

時間潰しに大きい本屋に行き、3人で永遠に文庫本コーナーから離れられなくなりつつ、つまみ食いした路上にあったお肉屋さんのコロッケで胃もたれしたおじさんは置いておいて、もりもりとご飯を食べ、テール大根の旨さにびっくり。この日もイコラブを見て、23時には寝た。ここまでお酒ゼロ、温かいほうじ茶で乾杯した。(ここまでと言ったがこの後もない)

そして最終日はまず最終学歴を同じにすべく、中野うどん学校へ。信じられないほどノリノリのおばちゃんにタンバリンを鳴らしながら応援され、無事うどんをゲット。ここからノンストップでタクシーに乗り、港へ行きます。「お姉さん、次乗れる高速艇って、この30分後のやつでいいですか?」「いや、2分後にあります」「はぁ」「急いでください」という、トンデモやり取りをチケット売り場の真顔ネキとして、キャリーケースを担いでダッシュし、小豆島へゴー。

レンタカーで灼熱のエンジェルロードとオリーブ公園へ。滞在時間4時間を何とか目一杯楽しめたと思う。信じられないほどのクネクネ山道を運転させられて、肝が冷えたことだけは忘れないわ。あと、事前打合せ無しで全員オリーブカラーだったの、笑ってしまった。本能的に求めてた?

そしてそのまま岡山までフェリーで帰り、1時間の新幹線の遅延にぶつかり、東京に帰るわけですけども。なんだかんだ遅延したとはいえ、お喋りする時間が長くなったのは嬉しかった。我々、乗り物ですぐ寝てしまうのでね、久しぶりにお菓子パーティーをした。
海の匂いと、イコラブと、しっかり感じる体の疲れと一緒に、写ルンですの現像を待つのよ。

オールでボウリングいこうよ
20時過ぎ、「駄目だよ、俺は家で待ってる人がいるんだから」とその言葉に返事した人が、もっと一緒にいたいから車で全員送らせてと言ったのは、あまりにも正解な愛の形だと思った。
なぜ、人はカラオケで童謡を踊らされるのか
多分ちょうど1年ぶりぐらいにリアルで全員揃った。このバイト仲間たちとは普段Discordで電話しながらゲームをしているのだが、直接会うとこんなにも、仲良しだったっけ?となった。地元のカラオケで11時からフリータイム20時までなのは、あまりにも遊び方が若すぎるのだが。
ところでみなさん、世界一楽しいボードゲームってなにか知ってますか?そう、UNOですね。大学の頃に飲み物をこぼして、全員でせっせとカードを洗濯バサミで挟んで干したのでその跡が残ってる、そのUNOです。あ、ご存知ない?それは、残念。
UNOで喉枯れることあるんだ
基本、我々がカラオケで遊ぶ時はしばらく歌った後にマダミスとボドゲタイムがあるんですが、なんか知らんけど笑いすぎて全員息切れてた。アラサー、遊びの加減を知らなすぎる。「上司に休みの日は友達と電話しながらゲームしてますって言ったら、は?と言われた」「そんなに一緒にいて、なに話してるのって聞かれる」なんて話題も出たけど、うちらこんなに楽しいのに、いつも何の話してるのかって言われるとわかんねぇんだよな。でも「こんな人たちと出会えたのはツいてるよね」「ほんとラッキーだよ、この代でこのメンバーが揃うのは」って面と向かって言ってくれるから幸福感だけは必ず残るんだよ。
「ほら、うちらもう大人だから白線の上だけ歩けちゃうもんね」「俺だって、一段上がったところを歩けるからね」
送っていくからご飯食べて帰ろう、となって、一人ひとつ懐かしのお店を背負ってジャンケンしたら、まさかの古巣の寿司屋に決まった。車が走り出して、一人が口を開く。「あったかいものが食べたい……」「いやいや、ジャンケンで寿司に決まったから」「びくドンがいい……」「お願いしますって言ったらいいよ」なんか子供をあやすみたいやな、と思いながらも、もう少しで運命のT字路ってところで「びっくりドンキーが食べたいですお願いします!!!」って叫ばれたので、速攻で4人が「よし、びくドンいこ!!!」ってハモった。まぁ、お願いしますなんて言われなくても、全員この道を選んだんだろうなと思う。全員が楽しめるようにってのは凄く難しいけど、1人でも嫌な思いをしないようにっていうのは、5人共通して思ってるんじゃないかな。
帰り道は1番長く全員一緒にいれる、かつ効率的に送ろう、という私の提案に全員が賛同してくれて夜のドライブが始まった。「この道って健康診断でいったとこだ」「このコメダって…」と山ほど思い出が出てくる。「このジョナサンの駐車場で急に海じゃなくてハワイアンズ行きが決定したよね」とかあまりにも大学生の余裕を感じるエピソードもあったけど、体はアラサーなのにこの人たちといると心は学生の頃のままになってしまう。
「ボウリングいこうよ」「ディズニーいこうよ」「10周年ツアーしようよ」もっと一緒にいたいって言葉は形を変えて、いつのまにか次の予定の話題になっていく。珍しく全員が(バイバイしたくないな)って感じがしたのが、私は寂しくも嬉しかった。日付が変わる前に解散して、「またね」って言って。
ボドゲ中の唐突な推し活の話で「依存先は複数あった方がいいんだよ」なんて話したひとつの拠り所は、間違いなくここだって再確認した。
泥酔
「アンタ昔、私が飲み会の時にお酒飲まないでって泣いたよね」と母についこないだ言われて、私はあの時の感情をフラッシュバックのように思い出した。
我が家の冷蔵庫にお酒が入っていたことは、これまでの人生で2度程度だったと思う。結婚式での貰い物とか、そんなことで誰も呑まない酒が長いこと冷やされていたことをよく覚えている。父はびっくりするほどすぐに顔が赤くなるし、母はそれよりも強いものの、私と同じで貧血になるタイプだった。ちなみに、家系と言わないのは爺さん婆さんがよく呑む人であり、まぁ毎晩別の机で爺さんはキリンのラガーの瓶を、婆さんはロング缶のビールを開ける人たちだったからである。なぜ別の場所で呑むのか、それは多分仲良く不仲をやってる、そんなところだったのだろう。
冒頭の言葉があったが、私は別にお酒が嫌いなのではない。自分から呑もうとは思わないが、普通に打ち上げで呑んだりはする。楽しいとも思っている。そう、幼少期の頃の私が嫌がったのは「理性を無くす」という行為なのである。お酒を飲んで楽しくなっている姿が無性に怖くて、千と千尋の神隠しで言えば、両親が知らん料理を貪り食ってていつもの様子じゃないみたいな、そんな姿を見ているような気持ちがあったのだと思う。大学のサークルを経て、かなり泥酔した人間を見ることには慣れたが、実はその気持ちはあまり今も変わっていない。
予測できない、というのが、私は苦手なのだろう。
人間なんて普通、そんなものなのだけれど、酔いというイレギュラーに私は追いつけていなくて、「こなせない」というのが恐怖なのだと思う。迷惑かけるかも、みたいなそういうのも苦手だし、なんかいつもあの時の千尋のような気持ちになってしまう。少し話は変わるが、以前、上司に「あまり挫折したことないよね」と言われて、私は「確実に70点は取れる道を選択してきました」と答えた。高校、大学、就職と、私はそうやって手堅く保身しながら身を置いてきたのだ。「ここで天下とった方がいいよ」と辞めた会社の先輩は言ってくれたけど、本当にそれでいいのかは私もよく分かっていない。そしてこれからも、悩みつづけるのだと思う。真面目というよりは、ガチガチに身を守っている小心者と言った方が、多分正しい。
泥酔合同(何かに酔った状態で作品を作るというとんでもない代物)のことを、ふと考えていて、私ももっと何かに飲まれて、呑まれて、面白いものを書きたいなと思っているのだけれど、結局、無理なんだろうなと思った。殻を破るチャンスかも、だけどいつも勇気が出ない。理性を擬人化できたら、私の場合は多分複数人いて、もしかしたら超ムキムキでがんじがらめに押さえつけているのかもしれないね。
ピアスだって、一種の自傷行為であり、少しでも破天荒でいたい反抗心だってことを、私はずっと、気づいているのだから。
雑記です
母と都内を歩いていると決まって出てくる言葉は「この辺の劇場ってどこだっけ?」である。それはシアタークリエのこともあれば、世田谷パブリックシアターの時もあるし、シアターオーブのこともある。

突然デートに誘われて銀座三越まで行った。そのまま腹パンになるまで鰻を食い、結局「皇居行くか」と言われたので2人で散歩した。帝国劇場を前にして「今年のレミゼ結局行けなかったな」というと、「あんたって意外とちゃんと王道行くよね」と笑われた。母は実は帝劇経験がないらしい、日生劇場はあるのに(比較対象そこか?)理解のある母ってのは凄いもので、私が「推しのイベントあるから鳥取行こうと思って」と言っても「いいじゃん、コナン空港行きなよ」と言ってくるのである。
高校の頃、一度だけ母に土下座したことがある。
私含めた学生2人を見越してオレンジジュースを用意してくれてた優しい沖縄のホテルでのオタクの飲み会
「学校休んで、Berryz工房の沖縄バスツアー行きたいのでバイト代で足りない分を前借りさせてください」と言うためだった。しかし、それを聞いた母は「まぁ修学旅行もないようなもんだったしねー」と言ってすんなり許可してくれた。(高校の修学旅行は謎の英語勉強監禁旅行だったため)優しいというか、多分「自分で決めたならいいんじゃん」というスタンスで生かしてくれていて。このことは今でも感謝してる。テストのこととかも何も言ってこなかったし、逆に「ママと違って真面目ってか細かいよねーそういうとこ」と単語帳をリビングで読む私に言っていた。
母と父はまぁ、ぼちぼち仲は良くないが、でも母は結局ずっと世話を焼くんだろうなと思う。できることは全部自分でやってしまって、ついでに人のこともやってしまうタイプだから。父も、もう少し自分のこと(あと借金のこと)を話したほうがいいと思うが、どうせタバコの煙に全部まいてしまうんだろう。己の力で生きる家族のもとで育ってきたが、なんだかんだ、両親はいつまでも優しい。
家族LINE、これが最後なの、なに?
「そんなに買って誰が食べんの、私いないのに」とフィナンシェを買う母に言うと「あんた変わってないね、私の買い物止めるところ」と笑った。互いに太りたくないねって話したばっかじゃんか。でもフィナンシェの美味さを教えてくれたのも母なので、それ以上は言わなかった。なんだかんだ色んなところに連れて行って、色んなことを教えてくれたのは母。あと、とにかくオタクの友達。
突然イコラブに呼んでくれるのオタクすぎて嬉しい(なんか古巣の3人以上がこの沼に落ちてるのは面白すぎるが)
最近思っていることは、私の周りには仕事やめて配信してる人も、バリバリのフリーターも、声優の学校行くために会社辞めた人も、短大からずっと目指してきた仕事を辞めて一周回って今はワインの資格取るために頑張ってる人も、大学卒業後に住み込みで京都に行ってまた大学入るために戻ってきた人も、突然相続でアパート貰っちゃって確定申告することになった人も、とにかく色々いるので、世界は広いよ〜ってことで。だから、やりたいことをやれとは言わないけど、やらなくていいことはやらなくていいんだと思う。(あくまでも、やりたくないことじゃないよ)
本当は死ぬほど気にしいだけど、強く生きるフリがとても上手になったのも、まーじでオタクのおかげだ。自分の機嫌は自分で取れって、教えてくれたから。
ここで泣くの?って笑いながら

結婚式の帰りに書いてます、泣きたてほやほやです。バイト仲間の式だったのですが、なんかとにかく凄い良くて、語彙力も皆無なんですが、はい。久しぶりにみんなで集まって円卓を囲んで笑ってる写真を後から見て「めちゃくちゃいいー!!」って叫んだのも、すげぇ良かった。写真は載せられないんですが、本当に主役のお二人も我々も最高の笑顔ばっかりだったよ。
ちなみに同じバイト仲間が友人代表でスピーチしたんですが、こっちまで超緊張して、でもちゃんと喋り切ったからいっぱい拍手した。帰る前にそいつに「頑張ったな」ってハイタッチのポーズをしたら、もうその時点でボロボロに泣いてて「おれ、やったよー……」ってへにゃへにゃなハイタッチを返された。一緒にバイトリーダーしてた時のことを思い出した。
こんなとこでも爆ケチャを披露した(なぜ逆さま?)
なんか、二次会どーする?となって大学時代に通いまくってた地元のカラオケにさっきまでいたんですが、2時間ひたすら語って、途中で我らが新郎の良いところの話になり、「あいつは小1の頃から男前だった」「出会った男の中で一番いい男」「性格もビジュアルも気遣いも全て完璧」と全員の口々から出てきて、うちらって昔から本人がいない時に褒め合いになっちゃうんだよなぁ、好きだなぁ、と思った。バイト時代も夜な夜な「ここ好きポイント」の話、してたよね。
大抵酒も飲まず、23時から4時間くらい語るのがデフォだった
結婚式って最後に新郎新婦のお見送りがあるじゃないですか。我々、わりとホロリはしつつも耐えてたんですが、まさかのお見送りで揃いも揃ってみんなで泣いてしまって、泣きながら「今?!」ってめちゃくちゃ笑った。「うちらがこんなに泣くこと、無いんだからね」と言ったら、新郎はカラッと笑って「そうだよね、でも式でみんなが見えて、俺は安心できたよ」って言って、それぞれにありがとうってハグしてきたから、もっと泣いた。「俺も泣くの堪えるの大変だったんだから」って、余興の参加分と受付役分の大量のプレゼントと一緒に渡されて、ずるいなぁ。
引き出物がガチャなの、ハオすぎ
やっぱり「良いお年を」と別れるのは寂しい。「あれ、そっか、あっちに帰るんだっけ」って地元を離れるのも寂しい。でも、手を振る姿は何にも変わってなくて、「気をつけてね」と口々に言うのもずっとこのままであって欲しいと思った。
ちょろっと、数ヶ月の日記
最近の楽しかったことを書く。

長野に行った、今ちょうど、クラファンやらなきゃって思ってるところ。「あなたの心も花も街も カラフルに彩るわ」と指を差し合った推しメンのこととポツポツ灯り出すサイリウムのことを思い出して、あそこにいた人たちにちょっとでも良いことがありますようにって、祈ってるよ。サチアレ。

高校の友達夫婦の家でパーティーした。のりちゃんのバースデーイベント後で浮き足立ってて、さらに友達にも会えるなんてサイコーすぎた。そういえば今日、マジでさっき、生まれたよってLINEが来た。おめでたすぎる。親って偉大だ、同い年だってのにすげぇ…

こっちも友達夫婦の家でパーティー。バイト仲間なので絶対に寿司を用意してくれる天才。この後パワプロしてボドゲしてマリパしてサイゼ行ったんだけど、あまりにも学生の夏休みすぎる。今度はウチにも来ておくれよ、オーバークックやろ。

原稿合宿にお邪魔して死ぬほどうまいホッケを食べた。久しぶりに夜更かしして笑いすぎて咳が止まらなくなった。原稿バーサーカーに囲まれてるとちゃんと筆が進みますね、無事終わりましたありがとうございます。私も欲張りなので「スゲー!」って言ってもらえるようなものが書けるように頑張りたい。

幼馴染み3人で北海道に行った。この3人でいると穏やかすぎてジャンケンすら起こらない(唯一のジャンケンはホテルのベッドだけ)幼稚園の頃のお遊戯会でウッドストック叩いたよね〜と言ったら誰も覚えていなかった。中学の校歌は3人とも覚えてたのに!!何故か北海道のホテルのテレビでNコンを見て昼寝して、歳とってもカニ食べるために諦めないでいようねとなった。福井旅行で越前ガニ諦めてからずっと引き摺ってるんだよな。
気づいたらいつも洋服がアースカラーで揃いがち
ライブに行ったりお花贈ったり仕事したり仕事したり仕事したり、夏の終わりも楽しくさせていただきました。ほな次は、バイト仲間の号泣結婚式ブログでお会いしましょう(予告)
