その列車はもう、走り始めている。(ネタバレ有)

進路希望届けを前に、ふと未来の自分を想像する。人生で一度は経験し、時に白紙のそれに頭を抱え、時に誰かの言葉に揺さぶられ、時に描いた理想に笑みが溢れることがあっただろう。今回の劇場版少女歌劇レヴュースタァライトはそんな進路希望届けから物語が進んでいく。

愛城華恋は当初のアニメで、好きなことにまっすぐでお寝坊さんでドジだけど、溢れんばかりのキラめきを燃やす"圧倒的主人公"として描かれていた。演出家たちが「スパダリ」なんて表したりもする、そんな人。

f:id:rishanyaaan:20210606112013j:image

しかし今回の劇場版で明かされたのは引っ込み思案で周りに流されやすい幼き愛城華恋の姿。そんな彼女を舞台の世界に引き摺り込んだのは紛れもなく"神楽ひかり"で、そんな彼女が舞台に立つ理由もまた"神楽ひかり"だった。そしてあの時交換した運命の舞台を2人で、という想いは手が届く願いであり、呪いでもあった。

f:id:rishanyaaan:20210606112416j:image

99期生はもう3年生だ。第101回スタァライトの幕が、上がり始めている。私たちはもう、舞台の上。

この流れは実は舞台版#2ですでに触れられており、「第100回 スタァライト」を演じ切って余韻の冷めない愛城華恋は次の第101回へ気持ちを切り替えられないという部分があった。今まで「ひかりちゃんとスタァライトを演じる」為に進んできた彼女が空っぽになってしまった。今回の劇場版ではその"空っぽ"が、白紙の進路希望届けが、すなわち死を意味していた。"舞台少女の死"はきっと大場ななの言う「おやつの時間はもうおしまい。 飢えて、渇き、新しい舞台を求めて。 それが舞台少女」の通りで。私だけの舞台が、愛城華恋には分からなかった。

脚本の樋口さんが言うには「レヴュースタァライトって実は物語がないんですよ、キャラクターの感情で前進していく話なんですね」「基本的なお話のプロットで言うと"彼女たち、卒業します。以上"で終わり(笑)」である。そして見終わった今言えるのは、本当に物語は"それだけ"ということ。しかしキャラクターたちそれぞれの"卒業"が、「何からの」「誰からの」「何のための」卒業なのか、その先の「私だけの舞台」とは── それが2時間の映像に過多になるほど散りばめられていて、抽象的なソレから自分なりに答えを見つけるのがスタァライトの面白さなのだと私は思う。

f:id:rishanyaaan:20210616205827j:image

ワイドスクリーンバロック」という言葉がある。SFの中の一部の作品を指し、以下のような小説の特徴を持っている。

時間と空間を手玉に取り、気の狂ったスズメバチのようにブンブン飛びまわる。機知に富み、深遠であると同時に軽薄— ブライアン・W・オールディス、『十億年の宴』p.305より 浅倉久志

今回の劇中の「ワイルドスクリーンバロック」はスタァライトの造語だ。分からないけど分かるのがスタァライト。「分かります」と低い声でしみじみ言いたくなるのがスタァライト。引用の文を読むと何となく分かる気がする、時間も空間も全てが舞台に飲み込まれるあの感覚を皆んなにも味わってほしい。

以下、まとめられないので感想を殴り書きする。

f:id:rishanyaaan:20210616211526j:image

初っ端のレビューが「皆殺しのレビュー」で6人を平気で独りでぶちのめす大場なな。最初は何故か刀が1本(しかも顔はキレてるのに鞘にはかえるさんシールが貼ってある)だと思ったら、「やっときた」で飛んできたもう一本の刀を掴んでそのまま攻撃する大場なな。「強いお酒を飲みすぎたみたい」が完全に「眩しいの」な大場なな。狂ってる。でも「第99回スタァライト」が大好きで、その強さで何度も何度も一人で再演を繰り返してた彼女が、誰よりも早く次の駅に、この舞台の幕開けに気付いているのが恐ろしくも美しい。

 f:id:rishanyaaan:20210616212030j:imagef:id:rishanyaaan:20210616212034j:image

完全に目が死んでいる猛獣"大場なな"の「もう、死んでるよ」に対して「殺してみせろよ、大場なな」って答える星見純那。序盤でななに叩きのめされ自害を促されてボロボロ泣いた時にななに言われた「ああ、泣いちゃった」に呼応するように、最後寂しくて泣いてるななに対して「あぁ、泣いちゃった…」と優しく笑うのずるい。アニメでは「知らなかった。ななって、こんな大きいのに、怖がりで、泣き虫で、子供みたい」って抱きしめてたけど今回は背を向け合って言うんだよね。あと真矢クロが口上で「首席」「次席」と言わなかったのに対して大声で「99代生徒会長、星見純那」って言ったの最高だったな。

f:id:rishanyaaan:20210616212522p:image

あんなに毎日世話されて2人乗りの後ろで好きなだけ寝て、バイクなんて全然興味なかったくせに、最後双葉に託されたバイクの為に免許取って双葉のヘルメットかぶってる花柳香子がまじで愛が深すぎて意味が分からん。推しカプの痴話喧嘩見てるのかと思った。香子の「しょーもな」は、双葉はんが京都に帰る自分から離れて、次のステージへ目指すことを自分に言わずに決めたことへの苛立ちと「自分が1番きらめくところを1番近くで見せたる」という幼い頃の約束への想いなんだけど、きっと全て矢印は自分に対してで、双葉もそれをわかってるからズルい。双葉の「しょうがねぇな」が2人の全て。

f:id:rishanyaaan:20210616213311j:image

真矢クロは公開プロポーズしないでください!!!!!もはや結婚おめでとうしか言えなかった……と思ってパンフレット見たらキャストも「はっきりとプロポーズだと受け取りました」って言ってて笑った。鳩を燃やしながら、ボッコボコにしあってるのになんで??今回の口上で首席と次席を名乗らなかったのはもう次の"舞台の上"だったからだと思う。

f:id:rishanyaaan:20210616213929j:image

最高に可愛くて最高にサイコなまひるちゃん大好き。いつもの野球かと思わせてオリンピックが始まり、待ってましたの追い討ちホラーシーンが来てワクワクしたこれぞ露崎まひる。「ほら小さな光なんて、真昼になれば消えてしまう」と歌っていた彼女が恋敵(?)だったひかりちゃんに対してちゃんと愛情をぶつけてるのが成長すぎて泣いてしまった。自信がなくて、華恋ちゃんのきらめきがないと輝けないと思っていて、「ずっとそばにいたのは私なんだよ」と静かに怒っていた彼女が口上で「輝け、私!」と笑っててよかった…ちゃんと新国立劇団に受かってよかった…(号泣)

f:id:rishanyaaan:20210616214955j:image

神楽ひかりは物静かで天才的な少女だと思っていたけど、誰よりも人間らしくて、反対に愛城華恋の方がどこか"生きてないような"描かれ方をしていた今回。「ここが舞台だ、愛城華恋」とひかりちゃんが言ってくれて良かった。またお手紙出すから、と言ってくれて良かった。この2人の運命が、ここで尽きなかったことが舞台少女としての再生産である。

f:id:rishanyaaan:20210616215949j:image

早く2周目、否、再演を観に行きたいです。多分また色々な発見をして心がぐちゃぐちゃになるんだと思います。とっても、おすすめです。